GALLERY 301
筧有子 個展
浮遊する色彩
2018.07.6 ~ 07.16
ドイツで「日本画」を考えていた2000年代半ばから、自分の表現を模索している中で次第に無意識から生まれる形に惹かれてきた。シミや滲み、色むら、その一つ一つの絵画の中での存在や、にじませた美しさ、その画面に浮遊するような感覚を覚えた。これを作品に残すために、にじみ止めのドーサを引いていない和紙を使って2005年ごろから制作してきた。通常、色は画面の上に乗っているものであるが、にじみを止めないことで色材を基底材に浸透させ、内在させることができる。人間の感覚は不思議なもので、写真ではわからないその違い、「中にある」ことの感覚的な美しさを認識する。
今回、基底材には日本画用の絵絹を使用した。現代的な透明感を追求する中で、2014年には既に絹にたどり着いていたが、作品化には時間を要し、和紙での作品などを制作しながら断続的に試作してきた。草木染めの技法は、作品を制作したり家事をする合間に趣味として始めたもので、当時住んでいた家の庭にはびこっていた葛の葉や料理の後の玉ねぎの皮、庭に咲いたマリーゴールドやひまわりなどで布類を染めた。同じ布ならば、日本画の画材の絵絹も染まるのではないか、と考えたのが事の発端である。実は日本画の技法の中でも、現状模写の際、古びた色を再現する絹の下地として、夜叉節(やしゃぶし)という木の実で天然染色を行う。応用するのはそう難しくはなかった。試してみると、天然の染料は動物性繊維が染まりやすいので、絹は最適な素材であった。絵の具には接着剤が必要で日本画では膠がそれに当たるが、染色の場合は色止めに媒染を行う。ミョウバンや酢、その他金属の溶けた水、例えばアルミ液や銅液などが使用され、その媒染液の違いでも色の違いを出すことができる。素材採取から自ら行う本格的な草木染めは、生の素材を使用するため、その素材が大量に集まった直後に煮出して染液を作ることになる。素材、気温や染付けや媒染の温度などによってその時々で色が変わるが、それだけに「その時」を染付ける、ある種の日記のようなものとも思える。四季を意識する事は、植物や風月を題材にする日本画にも共通し、自然から採れたものを良しとする自然主義的な考え方もシンクロする。また、家庭にある用具を使用出来ることは、昔から台所を預かってきた女の仕事としても自然な態度であるように思えた。 昔工房の弟子が作っていた絵画の材料は、現代では絵の具屋が代わりに用意する。今、天然染色も染物材料店で様々な材料を入手することができる。コチニールは、カイガラムシの色素でソーセージやかまぼこなどの食品や化粧品など人体に近い場所で現在でも幅広く使用されている色材であり、天然染色の中では珍しく鮮やかなマゼンダ色を染めることができる。思えば絹も蚕から作られている。蚕とカイガラムシの生命を頂いて作品を作ることの罪深さについても考える。焼肉を美味しいと食べることとそう違いはなく、古来人間はそうやって様々な生命を利用してきたが、無駄にはできないという緊張感は持っておきたい。天然染色の色が魅力的なのは、そこに不純物などから有機的な「幅」が出るからであろうが、それは生命力が色に滲み出ているからでもあるように思う。 筧有子 2018.07.06 |
筧 有子 Yuko Kakehi■ 略歴
1977年 兵庫県生まれ 2002年 筑波大学大学院芸術研究科日本画分野修了 2007年-2008年ドイツ/ハンブルク芸術大学留学 現在 静岡県浜松市在住 <近年の個展> 2015 Premium&Garden[Gallery301 / 神戸] 2015 sky, absolute[フェルケール博物館ギャラリー/ 静岡] 2013 compendium of seasonal words [Gallery301 / 神戸] 2012 浸透する風景 [KAGIYA HOUSE / 浜松] 2011 sky, absolute[Gallery301, Street Gallery / 神戸] 2010 sky, absolute[CAP Studio Y3 / 神戸] 2009 Glucksgarden[小野画廊 / 東京 ■ HP http://yukokakehi.com/ |